最高裁判所第二小法廷 昭和33年(オ)204号 判決 1961年12月08日
主文
原判決を破棄する。
本件を広島高等裁判所松江支部に差し戻す。
理由
上告代理人上原隼三の上告理由第一、二点について。
上告人の原審口頭弁論において、被上告会社に代つて本件手形の引受行為をした「石飛清吉は被上告会社の営業に関する或種類又は特定の事項の委任をうけた使用人であるから商法四三条の適用によつて被上告会社の責任を認むべきである」と主張したことは原判決事実摘示によつてあきらかである。
しかるに原判決は右上告人の主張に対しては「もつとも前記石飛清吉および山内長の証言中には石飛は被控訴会社の事実上支配人であつたとの証言部分があるけれども、この事実だけでは商法第四二条にいう支配人の名称を付したものとは認め難く、また巷間支配人と番頭とは商法に規定するような区別をしないで用いられていることは顕著な事実であつてこれと前記認定事実とをあわせ考えれば、右証言に支配人というのは商法にいう番頭の意にほかならないものと解すべく、したがつて石飛が被控訴会社の支配人として商取引の全般を代理しているとの主張および商法第四三条により同人に本件手形引受の権限があるとの控訴人の主張は採用し難い」としているのであるが、如上原判示によつては、いかなる理由によつて上告人の前示商法四三条に基く主張を排斥するものであるかこれを理解することは困難であり、右判示をほかにして、上告人の前記主張を排斥する理由は判示されていない。
一方原判決は、石飛清吉は昭和三〇年三月被上告会社に雇われ主に会計事務を担当し、銀行に対する金融の交渉、仕入先に対する手形の振出事務にあたつていた(ただし、取締役に無断で会社名義の手形の振出引受等をしたことはなかつた)こと、また被上告会社専務取締役山内長の原審における証言中にも「石飛は被上告会社の事実上支配人であつた」との供述があることはいずれも原判決の認定するところである。
とすれば、石飛は被上告会社の営業に関し右のごとき相当広汎な事項の委任を受けた商業使用人と解すべきであつて、かくのごとき商業使用人はその委任を受けた事項に関しては一切の裁判外の行為を為す権限を有することはまさに商法四三条の規定するところであり、もとより右事項に関しては被上告会社を代理して手形行為を為す権限をも有するものと解すべく、この代理権に加えた制限は、これをもつて、善意の第三者に対抗するを得ないことは、また同条三項の明定するところである。
しかるに、上告人が石飛に加えられた代理権の制限について悪意であつたことは原判決の認定しないところであり、また本件手形引受行為が石飛の前記使用人としての会計金融等の所管事務と全然無関係のものであつたことは原判決の説示によつては明らかにされていないのである。要するに原判決は上告人の前示商法四三条にもとづく主張を排斥するについてその理由を十分につくさない違法あるものというべく、この点において上告は理由あり、原判決は破棄を免れないものである。
よつて、民訴四〇七条により主文のとおり判決する。この判決は裁判官藤田八郎の補足意見があるほか全裁判官一致の意見によるものである。
裁判官藤田八郎の補足意見は次のおとりである。
原判決は、本件手形の受取人である訴外朝日住宅株式会社において、その引受をなすにつき石飛清吉に被上告会社を代理となす権限があつたと信ずべき正当の理由を有しない以上、たとえその後の手形所持人がかような権限ありと信ずべき正当の理由があつたとしても、民法一一〇条を適用して引受人に手形上の責任があるものということはできない旨判示している。そして、この趣意は従来大審院判例の表明するところである。(大正一三年(オ)第六〇一号、同一四年三月一二日大審院判決、集四巻一二〇頁)
しかし、民法一一〇条を手形行為に適用するに当つては、手形関係に相応する解釈を施すべきであつて、民法一一〇条にいわゆる「第三者」を当該手形行為の為されたときの直接の相手方に限定する必要はなく、その後手形を取得して手形関係に入つた手形所持人をも包含するものと解すべきである。為替手形の引受人は、単に直接の相手方に対してのみ手形債務を負担するものでなく爾後正当に手形関係に入つたすべての手形所持人に対して手形債務を負担するものであり、同条の「第三者」を右のごとく解することは手形の流通証券たる本質に合すると共に、第三者保護と取引の安全に重点を措く民法一一〇条の法意にも適合するものというべきであるからである。
原判決はこの点においても破棄を免れないものである。
(裁判長裁判官 藤田八郎 裁判官 池田 克 裁判官 河村大助 裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助)